「引揚げ港・博多」に学ぶ

7月26日、初めてのフィールドワークに取り組み、7団体(新日本婦人の会、非核の政府を求める福岡県の会、引揚港・博多を考えるつどい、福岡市原水協、福岡女性団体交流会、平和サークル9Peace、民青同盟福岡県委員会)23名が参加しました。ふくふくプラザ1階ホール横にある資料展「引揚港・博多」や中央ふ頭に建つ「那の津往還」を見学しました。終了後は市役所7階会議室で感想交流を行いました。

◆堀田さん(引揚港・博多を考える集い)のお話

私たちは常設の資料館を求めていたが、こういう形を提案され、引揚者が高齢になっていることもあり時間がないため不本意だが応じた。しかし、見てのとおり展示数も少ないし、資料の入れ替えもしていないのでリピーターは来ない。同じく引揚港だった佐世保や舞鶴には公立の資料館があり、中学1年で学ぶのに。

那の津往還は船の上に立つ人を表現している。碑文には「アジア・太平洋の多くの人々に多大な苦痛を与えた戦争という歴史の教訓に学び…」という表現があるが、素直にそのようになったわけではない。私たちも含め、多くの団体が検討委員会に朝鮮のことなどを書くよう意見を出し、それが反映された。

◆感想

現場に行くのはとても大事。那の津往還が古びていくとの同じように戦争の記憶も薄れていくのでは。何とかしなくては/展示をじっくり見たのは初めて。悲惨さは伝わってこなかった。そういう展示になってほしい/私も6歳で引き揚げてきた。当時のことを思い出した/博多に住んでいるのに引揚のことは知らなかった。子どもたちにも知らせることが必要/佐世保や舞鶴の話を聞いて、福岡市のような大きなところでどうしてできないのかと思った/福岡にも資料館ができれば戦争を身近に感じられる。自衛隊の名簿問題のことを考える上でも資料館は必要/引揚のこともモニュメントもまったく知らなかった。勉強になった。

感想交流では、年代を問わず「那の津往還を見たのは初めて」「引揚のことは知らなかった」という方が多かったです。「身内に引揚者がいる」という方も多く、博多港が最大の引揚港だったことを実感しました。

福岡市に平和資料館の設置を求める会

福岡大空襲の被害を受け、わが国最大の引揚港・博多があり、広島・長崎についで被爆者が多い都市・福岡市に平和資料館を設置するため活動します。

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